自満ブログ

自己満足のブログ、略して自満ブログ。 どうやら自満のために生きている筆者のブログ

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書評ではないのだが・・・  

『王安石』(中公文庫/佐伯富著)
王安石


中国「宋」代と言えば、「水滸伝」の背景となった時代。
『官を得んと欲すれば、人を殺し火を放って招安を受く』
(この時代、兵が弱体化したため、手ごわい盗賊の類をそのまま軍に編入した)
また、民もそうならざるを得ない社会であった。
そんな時代に現れ、社会改革を断行した人物。
それが王安石。

『夫(そ)れ中人の上に出ずる者は窮すると雖(いえど)も君子たるを失わず。
『中人の下に出ずる者は泰(ゆた)かなりと雖も小人たるを失わず。
『ただ中人は然らず、窮すれば則(すなわ)ち小人となり、泰かなれば君子となる。
『計(はか)るに、天下の士は中人の上下に出ずる者は千百にして十が一なし。
『窮しては小人となり、泰かにして君子となる』
そんな認識のもと、当時の制度が民を苦しめている現実を凝視し、
口やかましいだけの旧法党の反対に逐一反論し、新法を行なった。

その王安石の改革の内容と、よって来たる時代背景が十分に描かれているのが本書。
学者の書いた本という性格上、決して読み易い本ではないかもしれない。
しかし、王安石の改革の精神が伝わってくる絶好の書。

中国にはすごい人物がいるもんだ・・・
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3時間かけて  

あ~ァ、消しちゃった

     消しちゃった

     消しちゃった
     
     消しちゃった~~っ!
                         

ハ~ァ・・・
     

冒頭陳述 1  

どうやらこの記事の役目は終わったようなので、失礼致します。

冒頭陳述 2  

折角来て下さったのに申し訳ありません。

冒頭陳述 3  

残念!遅かった!

冒頭陳述4  

他をあたってね。
まだ置いてある人いるから。

冒頭陳述5  

入力するの疲れたんだけど、甲斐があったってもんだね。ジャ!

チーバカ 法律に遭う  

世には素直な人間が多い。
例えば、「法律だから守らねばならない」。
チーバカにとって法律は、理性の下に位置する。

見通しのいい道路。
車の通りの全くない横断歩道。
信号は赤。
あなたならどうするか?

間抜けな顔で信号が変わるのを待つ。
はい、あなたは屠殺場に行くまでケージの中で配合飼料を食べて暮らして下さい。

子供の頃、車の前を走り抜けるゲームをしていたチーバカ(運転手さんゴメンナサイ)にとって、
それは耐えられないことであった。
赤信号には気をとられず、車の気配に気を配ったのち、なんのためらいも無く渡る。

渡りきると交番の前に立っていた警察官が呼び止める。
「道路交通法違反」だと言う。

信号機の信号等に従う義務)第7条
 道路を通行する歩行者又は車両等は、信号機の表示する信号又は警察官等の手信号等(前条第1項後段の場合においては、当該手信号等)に従わなければならない
(罰則 第119条第1項第1号の2、同条第2項、第121条第1項第1号)

これに対する罰則は
第121条 次の各号のいずれかに該当する者は、2万円以下の罰金又は科料に処する
1.第4条(公安委員会の交通規制)第1項後段に規定する警察官の現場における指示若しくは第6条(警察官等の交通規制)第4項の規定による警察官の禁止若しくは制限に従わず、又は第7条(信号機の信号等に従う義務)若しくは第8条(通行の禁止等)第1項の規定に違反した歩行者


しかし、

第一章 総則
(目的)
第一条  この法律は、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図り、及び道路の交通に起因する障害の防止に資することを目的とする


もちろん、総則をあげるまでもなく、
普通に理性の働く別の警察官によって、
チーバカに因縁をつけた警察官はたしなめられた。

(目的)を達するために各条文がある。
逆ではない。
そして条文であらゆるケースを網羅することはできない。
理性と矛盾する場合も当然出てくる。
条文をもって「法律であるから守らねばならない」と主張する人間。
理性を法律に預け、思考を放棄した人間であり、
いずれ痛い目にあうこととなる。

いや、既に人類は痛い目にあってきたはずである。

<追記>
記事を読み直して、我ながら性格の悪さに驚く。
間抜けな顔で信号が変わるのを待つ。
はい、あなたは屠殺場に行くまでケージの中で配合飼料を食べて暮らして下さい。

とは…
しかし、思うところあって、この文は残しておくことにして、
言い訳をさせていただく。

元来、喧嘩好きで性格の悪いチーバカ。
この部分の文を書いているときに、
一般の読者ではなく、頭の固い、法律さえ守っていれば自分は正しいと考えている人間を思い浮かべて書いていた。
『奴にひとこと言ってやらねば!』

実際にそんな相手がいて、反論するきにのみ意味を持つ言葉なのであるが、
ついうっかり使ってしまう。
平和主義的な人には理解できないかもしれないが、
私のように喧嘩好きの人間には結構ありがちなことなのである。

どこかに同類がいると思う…。
それは別として、
読者の方々は、こんな愚かなチーバカをどーかひとつ、
生暖かい目で見守ってやって欲しいのであります。
反省を込めて…

シートベルト着用義務違反  

急に忙しくなったのと、
話をこね回していたのとで、記事が滞った。
サクッと書こう。

シートベルトは反対ではないが、
それが法律で義務付けることには反対である。
自分の命の守り方は自分で決める。
余計なことは言っても良いが、交通をみだす恐れなど一切無い。
それに従わないからといって罰するのはおかしな話である。
だから取り締まる警察と議論になる。
おおむねどの警察官も、渋々ながら認めざるを得ないようであるが、
過去に一人だけ、認めようとせず、取締りを正当化しようとした若い警察官がいた。

一斉取締り。
いつものように、記憶に残りやすいように大きな声で説明する。
「シートベルトが悪いと言ってんじゃない。法律で決めることじゃァないだろうと言ってるんだ。
「ウォシュレットがケツにいいからと法律で義務付けたら『おい待てよ』って思うだろっ?」
普通はここで、意味を理解し「じゃあどうして欲しいというのか」とか訊いてくる。
法律改正?違反免除?
とんでもない!
キャンペーンを貼って取り締まりをする、のを止めろ。なのである。
チーバカ、義兄が警察官なのでその忙しさを知っている。
下らない取締りをするくらいなら、澱のように溜まっている書類を片付けろ。
「私は仕事をしてます」気分になっているんじゃねェ!なのである。

あ、サクッと書くつもりが…

しかし、その若い警官、理解しているにもかかわらず、
『たかだか職人風情のアンちゃん(チーバカ見た目は若い)』にはやり込められたくないらしい。
法律は正しいと言い張り、
「とにかく法律に違反している」

しょうがない…。
「なにかい?おめェは法律に違反しているのを目にしたら、必ず捕まえてるってェのか?
「速度オーバーも見過ごさないってェのか?」
5キロや10キロオーバーで一々捕まえてたら、捕まらない車などほぼ皆無。
そんなことはあり得ない。

しかしこの警官、
「違反は必ず捕まえている!」と…。
そこまでしてチーバカとの議論に勝ちたいか?

チーバカ、腹に力を入れ、
「嘘をつくな!恥ずかしくないのか!」
一瞬にしてその警官が凍りつく。
まさに茫然自失の態であった。
口をうっすら開き、目は中空の一点をぼんやり見てたまま固まってしまっている。

あちゃ~っ、やっちまった…。

別の警察官たちが異変に気付き寄って来る。
一人は、なすがままの彼を促し、
一人は、チーバカの対応。
警察官(責任者)「またアンタか…」
訊きもしないのに、ここで三日間取締りをすること、ここを通らずに現場に向かえる道を教えてくれる。
もちろん違反切符は切って。
彼とは既に『お話し』済みで、チーバカがどんな性格であるかをよく知っていた。
道を教えても無駄であることもわかっているようであった。

最近は管内で取り締まりに遭わない。
飲酒の取締りで忙しいのかもしれない。
今度遭ったときは、「まだシートベルトの取締りをやってるのかっ!」で始めようかな?
顔見知りが増えるとつらいなァ。

少年法 1  

最近は高校生と行き会わないのでわからないが、
以前はよく高校生の喫煙を見かけた。

もちろん未成年の喫煙は法律で禁じられていることであり、
それを守らせたい大人がいることも知っている。
だが、そんな高校生を苦々しく思いながらも、彼らを注意する大人は少ない。
必ずしも彼らを恐れてのことだけではない。
理屈では彼らを説得できないからである。

法律で禁じられている?
「大人が良くて、未成年がダメというのはおかしい」

子供の成長期にタバコは悪い影響を…
「オマエに何の関係がある?ほっとけ!」

チーバカ、ヘビースモーカーであり、中高生がタバコを吸おうが別にどうとも思わない。
むしろ、『そう、そう。そうして君も由緒正しき立派なヘビースモーカーとなり、共に冷たい世間の目と闘おうではないか!同志よ!』
と、思うのである。ワハハ!
しかし、高校生がタバコを吸っているのを見ると、必ず注意をする。


「コラッ!高校生が堂々とタバコ吸ってんじゃない!」
コンビニの前で高校生二人がタバコを吸っていた。
あるいは『堂々と』という言葉の意味に戸惑ったのか、
顔を見合わせ、どう対応しようか思案気であった。

『堂々と』はいけないなら、『こっそりと』ならいいのか?
単に『タバコを吸うな』と言っているわけではない。
こいつ、どう攻めてくるのかわからない…
理屈じゃなきゃ、力ずく?
喧嘩は強そうには見えないが…

タバコを高校生が人前で吸っている。
確信犯である。
『さあ、どうぞ。遠慮なくかかってきなさい』
シートベルトをしないどこかのdaikuと同じだったりする。
ただ、彼らは若い。
自分のやっていることの意味がわからない。
彼らは大人を試しているのである。
『いけない』とされているが、『理屈がおかしい』と思える行為をすることで大人の対応を見る。
それを無視してはいけない。
彼らが勘違いをしてしまう。
自分の理屈さえ正しければ、何をやっても許される。
人の目なんざァ、気にすることはない…。
あるいは、
大人なんざ俺達を怖がって注意もできない。
情けない奴らだ;
やっぱ、世の中『力』だな…。

ま、なにかあっても高校生二人くらいならどうにかなるだろう。
と、思っていたら…
建物の陰から、私服というか作業着のようなものを着たのが三人、
タバコを吸いながらゾロゾロ出て来た。
「高校生がダメだと言うんなら、俺達もダメだってことか?」
どうやら、お仲間のようである・・・

長くなったので、つづく…

少年法 2  

「高校生がダメだと言うんなら、俺達もダメだってことか?」

『やばっ、こっちにもいたか…』
しかし、高校生を注意した時点で戦闘モードに入っていたチーバカ、
心の動揺は表には見せず、
明らかにリーダー格と思われる少年を見据え、
「ああ、オメーが未成年だと言うんならな。」

『堂々と吸うな』と同じ意味である。
制服を着てたら陰で吸え。
人前で吸いたかったら、未成年とわからないようにしろ。
なのである。

おそらく初めて聞く理屈だったため、どう反論してよいか戸惑ったのか、
あるいは、一見真面目そうなサラリーマンが、突然自分達が慣れ親しんだ話し方をしてきたのに警戒したのか、
沈黙が流れる。

『こいつ、上げた拳の降ろし場所がないか?理屈抜きになったら…、しゃーない、二人くらいひっぱたいて逃げっちゃおっか?』
なんぞと考えなら睨み付けていた眼の端に、
高校生がタバコを吸おうとするのが見えた。

「吸うなって言ってんだろうが!」
と、一喝。
慌てて高校生がタバコを消す。
これでまるく解決。

高校生の応援で駆けつけた少年。
当の高校生が白旗を揚げては、もうどうしようもない。

かくして法の番人たるチーバカ、少年に一瞥を加え、
何事も無かったかのようにゆっくりとその場を立ち去ったのでありました。
メデタシ、メデタシ。

おそらく少年の主張は「法律がおかしい」なのであったと思う。
『おれらは注意されないが、同級の高校生は注意される…
彼らに代わって俺が相手をしてやる…』

しかし、この『法の番人』、
実は『無法者』であったのである。
それが彼の誤算であった。

言っておく。
このお節介オヤジは、君達がトラブルに遭っているときは、無条件で手を差し伸べる覚悟をしているオヤジでもある。
こんな少年法
(この法律の目的)第1条 この法律は、少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うとともに、少年及び少年の福祉を害する成人の刑事事件について特別の措置を講ずることを目的とする。
と一緒にしないで欲しい。

人のため…  

前記事の続きに苦戦している。
で、チョット息抜きを…

チーバカ、当ブログで時々「お客のためではなく自分のために仕事をしており、お客が喜んでくれるのはそれを後押ししてくれているのだと思っている」という趣旨を表明している。
『何言ってんだ?コイツ』と思っている人がほとんどだと思う。
『思考をもてあそんでいる』だけと思っている人もいるかもしれない。
しかし、とあるテレビ番組を観て、『な~んだ、みんな知ってることだったんじゃないか』と思った。
で、誰もが「ストンと腹に落ちる」実例をあげてみようと思う。

そのテレビ番組とは『はじめてのおつかい』
♪ドレミファ♪ドレミファ♪ドレミファ♪ドレミファ♪ダ~レニモないしょで お~でかけなのよ♪

お母さん、5才くらいのおねえちゃんに初めてのお使いをさせる。
保育所にいる弟のために着替えのパンツとコップを買って届けさせるというもの。
おねえちゃん、出だしはいいが少し行くと振り返り戻って来る。
ああだこうだ、考えられるあらゆる理由をつけて、何度も、何度も、お母さんの元へ…
その都度お母さんは辛抱よく、娘の言う通りに
ああそっか、トイレに行きたかったのね…
そして娘の理由が尽き果てたとき、娘にお願いする。
「○○ちゃん(弟)着替えがなくちゃ可哀想だよね、○○ちゃんとお母さんのためにお願いね」
おねえちゃん、今度は振り返らない。
「○○ちゃんのため♪」(大人は口にしないが、子供は口にする)
新しいパンツと、弟の好きな『青い』コップを買って、無事『初めてのお使い』を果たしましたとさ。

おねえちゃんは『弟のため』に…『弟を喜ばすために』お使いができるようになりました。
残念ながら『お母さんのため』ではなかったのですが、お母さんはどう思ったでしょう?
『私のためでなくったってちっとも構わない。弟のためと思ってくれたのは嬉しいけれど、そうでなくったって全然かまわない。一人でお使いが出来たことが嬉しいの。一歩でも成長してくれていることが嬉しいの』

そう、この『初めてのお使い』はおねえちゃんが『よろこぶだろう』と思っている『弟のため』ではなく、おねんちゃんのためのものだから。。。
…でも、誰だ?チーバカに『初めてのお使い』させている奴は!ブハハハハ!

♪ど~こへ行こうかな♪ok! you got it♪

言葉Ⅱ  

あなたはどうかわからないけど、チーバカは自分が一番信じられないんだよね…


チーバカの監督としての能力が認められて来た頃。
それでも、社長はチーバカのやり方に、あ~だ、こ~だ、時々不満を言ってくる。
チーバカの頭の中は、現状での理想的なシステムが中心にあって、それを元に具体的な対応をしていた。
だが社長は、個々の対応としてしか判断をしない。
しかしそれでは仕事は回らないのである。

例えば、
当時、月平均4棟上棟していた。
工期は平均3ヶ月。
すると、工務店が抱える現場は12棟となる。
大工は各々別の現場を受け持つが、他の職方はそれを全て受け持つことになる。
しかも、他の工務店の仕事も持っている。
だから、余程うまく調整しなければ、現場が混乱し、『いい仕事』が期待できなくなる。
当時の建築業界では『あっても当てにならない』工程表、
チーバカは誰もが信頼できる工程表を作ることにした。
要は、誰もが『工程表を守ろう』と思えばいいだけなのであるが。
まあ、その苦労は置くとして、
そうして作った複合工程表だったのだが、それを守ろうとしないのが社長であった。

社長「○○邸、今日は誰(どの職人)も入ってないじゃないか!」
チ 「はい、クロス屋さんが予定通り終わったので、予備日としての今日は空いてます。電気屋さんからも設備屋さんからも『早めに入っていいか』という連絡も入ってないので」
社長「一日でも早く終わらせて引渡しするのが工務店の仕事だろ!」
チ  「お渡ししてある工程表には、今日は電気屋さんは××邸、設備屋さんは△△邸をと書いてありますが、  ○○邸に行ってもらいますか?」
このとき実は、社長を除くほとんどの職方がチーバカ独自の複合工程表を『あっても当てにならない』とは思っていなかったのである。

しかしチーバカに文句を言うのならまだいい、
問題は、チーバカが居ないときに現場で理不尽な指示を出すことであった。
社長の権限で言われれば、職人はそれに従わざるを得ない。
結果、苦心の工程表が信頼を失うことになる。
そうなれば、元の木阿弥。
チーバカが入社したときのように、行き当たりばったり、職方の不満が『言い訳の山』を築くこととなる。
曰く、突然言われたから…、工期がなかったから…etc.etc.

そこでチーバカは考えた。
チーバカの実質的な「権限」をアップさせよう…と。
7月に入社して、決算の終わった4月。
社長に言った、「給料を上げて下さい」。

チーバカ、金銭には比較的恬淡な人間で、「まァ、食ってけりゃいいや」というタイプなのだが、
その上げ下げにはうるさいのである。
『オレの仕事を評価するなら上げろ。でなきゃオレは辞める。』
そんな意味合いで言った。
しかも、アップの額まで心の中では決めていた。
最低5万円。それ以下なら即辞める。10万円なら自分の能力すべてを出してみせる…と。


そう、そのとき『大工になりたい』ということなどまるっきり頭になかったのである。
あのとき給料が10万円上がっていたら…

『大工になりたい』
その言葉を社長も、事務員さんも、大工さんも信じていたのだが、見事にチーバカに騙されたわけである。
いや、当のチーバカすら騙されていたのである。

幸か不幸か5万円アップで終わったので、今こうして大工をやっている。

あ~あ、記事の更新が遅いので、引渡しも終わっちゃった。。。

幸せとは何か?  

自分を肯定して生きること。

自分を肯定するには?

全てを出し切ること。

この記事以来チーバカ、どうやら幸せであるようだ。
評価されることに苦を感じなくなったのである。

これまでも他人から非難されようがされまいが気にしなかったが、
評価されることには苦を感じていた。
『その評価に値する仕事をしていない…』と。

さ、皆さん、今後は遠慮なくチーバカを褒めて下さい。

楽しく過ごす方法  

『工務店の指示通りにやりました(文句は工務店にどうぞ)』というのが今の世の習い。
大工に限らず、日本人のほぼ全てに見られる思考形態である(それに気付いていないところが日本の最大の問題であるのだが)。


前回の記事で書いた内容である。
この記事を書いた翌日のこと…

とあるホームセンターに塗料を買いに行った。
11800円、塗料の棚に価格が記されてあった。
それを持ってレジへ。
バーコードを当てると、3480円の表示。

安い分には構わないが、
正直者のチーバカ、『儲かった!ウハウハ』などとは思えない。
で、レジのお兄ちゃんに、
『あ、安い分には嬉しいですが、そんなに安いもんじゃないですよ。たしか12000円くらいだったと思うけど』
と棚の方を目で示す。

レジのお兄ちゃん、金額を訂正して、棚を見に行く…かと思いきや、
再びバーコードを読み込み、「3480円で間違いはありません」。
ふ~ん、そうなんだァ、所詮自分の懐が痛むわけじゃないから幾らであろうが構わない。
自分は会社の指示通りの仕事をするだけ…
仕事が面白くなさそうな表情を見ると、それ以上言っても仕方がないので、
『儲かった!ウハウハ』と帰ることにした。

でも、『儲かった!ウハウハ』というのは、あまりいい気分でもないようだ。
昔~し、チーバカが子供の頃、
配送トラックが道にダンボール箱を落として行ったことがある。
友だち数人で箱を開けてみると、サキイカなのどおつまみが詰まっていた。
『ウハウハ』で友達と山分けして家に持ち帰った。
返すすべもなくなった『つまみ』を見せられた父の不愉快そうな顔…。
やはり『ウハウハ』はあまり気分のいいものではないのである。

それはともかく、
これほど端的ではないにしても、おそらく多くの人(官僚に顕著)が同じような気持ちをどこかで共有しているように思われる。
他人のことはどうでもいい、気づいたら自分が変えればいいのではなかろうか?
実はその方が楽しいのであるから。

自分が満足できる仕事  

ベランダのシート防水をFRP防水にする工事をした。
大工の仕事は防水の下地。
仕上げは防水屋さんの仕事。
新築と違って、下地を作って仕事が終わるチーバカ、仕上がりを見ることはない。

しかし、仕上がりを考えて仕事をしようといつも思っている。
それはお客さんのためでもあるのだが、実はあと工程の職人のためでもあるのだ。
しかし『あと工程の職人に「チーバカさんの下地はやりやすい」と感謝されること』が目的ではない。

ある大工さんが言った
「チーバカさんがいくら下職のこと考えたって下職はなんとも思ってないですよ」
アッハッハ!なるほど。
でもそんなことは実はどうでもいいのである。
チーバカの目的は、『職人から「言い訳」を取り除くこと』にあるからである。
更には『チーバカの意思を共有して欲しい』ということにあるからである。
感謝するしないはチーバカにとっては問題ではない。

「チーバカさんの下地が良かったので四日の仕事が三日で終わりました」
などと言われると、実は腹が立つ。
性格の悪いチーバカ「じゃあ、その一日分の手間賃をよこせ」などと言ってみたくなる。
でも
「チーバカさんの仕事がピッタリだったので綺麗に仕上がりました」などと嬉しそうに言われたり、
「チーバカさんが余計な仕事するから、こっちも余計な仕事が増えちゃった」とニヤニヤされると、
そりゃあもう嬉しくなってしまい、本当は聞きたくもない苦労話まで真剣に聞いてしまう。
『おお、そうでありましたか。それは苦労したのでありますな、フムフム…』

自分が満足できる仕事する。
それがチーバカの望みであり、その喜びを共有できる人間を現場に見い出すことで、
チーバカ、自分の仕事の普遍性を見出すようである。

『普遍性』?うっ、なんだ?なんか難しい言葉使ってるぞ。
きっと思考が跳んでるんだな。
多分なんか考えてるんだろうけど、今は分析するのが面倒なので原文ママってことで勘弁してちょ?


さて、ベランダの防水工事。
工務店の社長が嬉しそうにチーバカに伝えてくれた。
「工事の完了を防水屋さんに確認したら、『自分でもびっくりするくらいきれいにできました』って言ってました」
ああ、また一人『自分が満足できる仕事する』職人を発見。。。




神とお呼び  

写真を撮ってる暇が無かった(休憩時間はお客さんが付きっきり)ので写真はない。

玄関廊下の床のリフォーム。
リフォーム框を取り付けて、現状床に別の床を張り増し。

定規を当てて「壁が曲がってます」などと言う監督もいなかった建物であるから、
当然ながらに壁は曲がっている。
貼り始めはなんとかピッタリにできるが、
貼り仕舞いは入口のコケた枠材、階段手すりなど、
物理的に考えてもピッタリ付けることはできない。

で、監督とお客さんがいるところで説明、
「これをピッタリ付けるのは神業です」と。
しかし敵もさるもの、「じゃあ是非神業を見せて下さい。」
アッハッハ!面白いお客さんである。

チーバカ、冗談が言いたくて仕方なかった。
どんな冗談か?
床をピッタリ収めてお客さんに見せ「あっ、神と呼んでもいいですよ(イッヒッヒ)」と。
そして、この冗談を言いたいがため、床貼りに心血を注いだ。

方法としては、貼り仕舞いを壁際ではなく、壁手前二列目と三列目にして、
先に壁際の床板を収めて置き、二列目・三列目を拝みにして叩き込む。
ま、言うのは簡単だが、『首切り』にしても『ヒカリツケ』にしても、
貼り始めと違って、寸法精度が要求される分かな~り気を使う仕事ではあった。

甲斐あって、ピッタリ収まったのだが、時間に余裕が無く、
神と呼んでもらう暇はなかった。



さて、この記事。
写真がないので、客観的にチーバカの仕事の検証はできない。
でもご安心下さい。
この記事はエー加減なチーバカのエー加減な仕事の見栄張り記事ではなく、
「お客さんがチーバカの仕事を応援してくれている」一つの事例としての記事なのであります。

チーバカが床貼りに今まで以上に燃えた動機は、
ただただ『冗談を言いたいがため』だけだったのである。
もちろん、やり始めたらそんなことは忘れてしまうのだが、
上手くいかず『キショー!』と思ったときでも前向きになれたのは、
お客さんに『神様と呼んでいいですよ』と言って言いたいがためだったのある。

そして今後チーバカが『かみわざ』と入力すると『チーバカ技』と変換されることになる。
ブハハハハ!

プロと職人  

最近ふとわかった。
プロと職人の違いである。

プロは仕事を限定し、職人は自己を追求する。

両者は仕事に完璧を求めるが、方向性は真逆である。

シロアリ対策  

今年の春先、浴室の入口にシロアリが出たので駆除のため部分解体・補修に行ったお宅があった。
しかしそこは基礎の蓄熱暖房のため床下空間が無く、駆除できたかどうかすら確認できなかった。
先日そのお宅で床の貼替え工事をした…。

お客さんからチーバカ指名を受けた工務店は、『御指名』をチーバカが喜ぶだろうと思っているようであったが、
チーバカ、とても気が重かった。
現状の床板を全てはがして、新しい床板を貼る。
床板をはがせば、現時点でのシロアリによる被害状況はわかる。
しかし、そのまま床板を貼ってしまっては、次にシロアリが出た場合、
今と同じで、全く対処できなくなってしまう。
春先の駆除のとき、『置き床にしてどこでも点検できるようにするとか、なにかいい方法はないか?』と悩んだものであった。
その後も折に触れ、漠然と対策を考えていたのだが、解決策はみつからなかった。
そこにこのリフォームの話。

チーバカの悩みをよそに、工務店はシロアリ対策など何も考えている様子はない。
本来ならば、誰よりも先ず工務店が考えなければならないことなのに。
「無垢材にするんですが床材は何がいいですかねェ?」
工務店の言葉に、正直、腹が立った。
『床材などどうでもいい。それよりシロアリ対策が先だろう!』
しかし、何の案も持たないチーバカにそれを言う資格はなかった。
『じゃあどうすれば?』と訊かれ『そんなの工務店で考えろ』では無責任な言葉になってしまう。
ならば仕事自体を断るしかない。
実はそれも考えた。
しかし
『チーバカが断っても状況は全く変わらない。
ただチーバカが信頼してくれるお客さんから逃げ出すだけ…
それは自分自身に対して恥ずかしい。
事情を知らない大工がやるよりは、経緯を身近に感じてきたチーバカがやる方が幾らかはお客さんのためにはなるかもしれない…。』
敗戦処理のような重い気持ちだったのである。


しかし、『好むと好まざるにかかわらず、やることになったら前向き』な特異体質のチーバカ、
お客さんとの協力で、見事なシロアリ対策を編みだしてしまうのであった。
だから終わったときは『エヘンエヘン。ウハハハハ!』状態なのであった。

え?具体的な内容?
簡単に言うと、浴室の入口枠と家中の巾木を全部取り外せるようにしただけ。
文字だけで説明するのは結構大変なんで、もし気が向いたら次回ってことで。

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