自満ブログ

自己満足のブログ、略して自満ブログ。 どうやら自満のために生きている筆者のブログ

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不信のコスト  

今、気になっているフレーズがある。
『不信のコスト』
これである。
去年の今頃、この言葉を思いついてから頭を離れない。
しかし、中々記事にできないでいる。

個人の問題から、世界の問題まで、
この言葉で全てが解読できてしまう、究極のフレーズなのである。
皆さんも、このフレーズを使って、問題の分析をしてみて下さい。
必ずや、問題の根本原因が見えてきます。

え?『いい加減なこと言ってんじゃない!』?
そう、そう思う限り問題が解決できない。
それが、あなたが払う『コスト』

さ、みなさんも、『不信のコスト』の事例を集めてみましょう!
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ツイッター  

チーバカ、ツイッターはやっていないし、やる気もない。
しかし、ツイッターをするのはいい事だと思う。

地域がなくなり、そのわずらわしさが無くなったかわり、
人とのふれあいによる心の安定も失われてしまった。
そんな人にツイッターは、わずらわしさのないふれあいをもたらす可能性があるように思われる。

ブログは、ある意味『日記』という性格上、親しい人間にも晒さない自分を晒しててしまう。
しかしツイッターは、『その瞬間のつぶやき』という世間話的な要素が強い。
そこには自省の必要がなく、イベント的な出来事も必要がない。
気軽にできて、気軽に反応を得られる。
そんな気楽さがある。

集団を形成する動物である人間には、他者が必要である。
自分を認識してくれる他者の存在が心の安定をもたらすのだと思う。
地域という他者との関わりが希薄になった現代、
それに代わる何らかのコミニュケーションが必要とされている。
その一つとして、チーバカ、ツイッターは良いコミニュケーション手段だと思うのである。

不安が『不信』を招くと考えているから。
『不信のコスト』と言いながら、内容を語らず、結論から記事にしてしまっているようである…

プレゼントクイズ  

みのもんたの『朝ズバッ』という番組をたまたま見たら、
年金なんたら機構のはなしをやっていた。
途中から見たので詳しい内容はわからないが…

一人の老婦が4回に渡って年金を申請したが、
その都度別々の職員に、却下された。
しかし本来は貰えるものであり、
番組のプレッシャーで機構側が認めた。
最後の4回目の対応をした職員が自分の解釈が誤りあることを認めたと。
というもののようであった。

そして、「却下した職員達が通達を理解していないのではないか?であれば同じ過ちが起こっているのではないか?」
との疑念から、「老女の申請を却下した職員を出せ」という主張をしていた。
それに対して機構側は、「どの職員か不明である」と回答していた。

『不信のコスト』をどう書こうかと考えていたチーバカ、
ああ、これこれ!
わかりやすい事例があったと思った次第である。

そこで頭の体操クイズ~!
『不信のコスト』を払っているのは1誰で2それはどんなコストでしょう?
わかった方は匿名コメントで回答をお寄せ下さい。
正解者にはもれなく、チーバカ特製道具箱をプレゼントいたします。
締め切りは、次の記事のUPまで。
尚、わからない人は普通にコメントしていただいて結構です。
万が一当たった場合は先着1名にチーバカ特製表札をプレゼント。

奮ってご応募下さい!

解答  

さて前回の記事
『機構側は、「どの職員か不明である」と回答していた』
チーバカここに注目する。

どの職員かわからない。
職員が「はい、私が対応しました」と言わなかったか、
機構側が証言者である職員を隠したか、
そのどちらかである。

でも、この際それはどちらでもいい。
今は、この役所の対応の是非を問うているわけではないから。
問題は、誰かが嘘をついているということ。
そしてその誰かが、何故嘘をつかなければならないかということ。
そこに『不信のコスト』が介在している。
そう感じたわけである。


職員が口をつぐんでいるとする。
では、何故彼が正直に「はい、はい、ワタシがやりました」と言えなかったのか?
彼になったつもりで考えてみる。
『なんだよ今更「解釈が違う」って。オレが「対応しました」と言ったら、評価が下がるんだろ?
いや、いや、場合によっちゃスケープゴートにされちまう。「この職員の能力が劣っていた…」って。
良くても「機構のため…」って左遷、出向、最悪首か…退職金を質に取られりゃ従わざるを得ない…』

そう、管理職側への不信である。
そして彼は思う。
『自分の身は自分で守るしかない…』

『自分の身は自分で守るしかない…』
当たり前のはなしである。
しかし、彼にとってその意味は、『孤独な闘い』なのである。
それは次第に彼の心を消耗させる。
つまりこの場合『不信のコスト』とは組織への不信であり、『孤独』というコストを払うことを意味する。
集団を形成する動物である人間が集団を信頼できないということは…

クレーム処理(『お宅の職人はどうなってんの!』)  

以前、どこかで書いた内容である。

チーバカが工務店の監督見習いの仕事をしていた頃のこと。
「お宅の職人はどうなってんの!」というクレームの電話があった。
自分の担当ではなかったのだが、指名で来たクレームだったので、話しを聞く。
「大工はいい加減。塗装は汚い。畳は汚れている。」とのことであった。

自分の担当ではなかったが、どの職人であるかは知っていた。
どれも、信頼できる職人である。
しかし、クレームの電話をするのだから、何らかの事実があるのであろう。
「私共の職人に関しては信頼はしておりますが、お客様がご不信をお持ちのご様子。職人にも何らかのミスもありうるかとは思いますので、自分の目で見た上で判断させていただきたいと思いますが?」
「ミスとかいうレベルの話じゃァないわよ!いいわ、じゃァ見てちょうだい!」

クレームは行き当たりばったりでは処理できない。
まして、監督になって一年も経っていず、なんの権限も持たない見習い君には、
事前にやっておかねばならないことがある。
職人への聞き取り調査と対応策の検討。

畳屋さんに連絡、
「畳が汚れている?…多分粘土のことじゃないかなァ?」
「粘土?」
「畳の保護のために畳表を粘土に漬けるんですよ。拭き取ってはあるんですが、初めのうちはどうしてもそれが出て来るんです。多分それだと思うんですよね。」
「へ~、そうなんですか。知らなかった。で、それは・・・」
どの畳もそうしているのか?
しているなら何故他ではクレームにならないのか?
信じないわけではないが、粘土ってどんなものなのか?
根ほり・葉ほり…
結局、その『粘土』なるものを持ってきて見せてもらうことになる。
クレームには工務店の知らないところで畳屋さんが対応して説明しているらしかった…。

次は塗装屋さん。
『オイルステン拭き取り仕上げ』に常に付きまとうクレームではないか?ということで認識は一致する。
木目を活かす塗装で、オイルステンを塗ってから、時間を置き布で拭き取る。
年輪には色が染み込まず、木目が浮き上がって見える。
しかし、早く拭き取り過ぎると色が薄れ、遅過ぎると濃くなり過ぎて木目が単なるムラに見えてしまう。
多分それだろう…
で、「どうします?」とチーバカ。
「チーバカ君に任せるよ」塗装屋さん。
よし、これで予算の心配はなくなった。やり直すも、ペンキで塗りつぶすもチーバカの判断しだいと!

大工は捕まらなかったが、彼の仕事に心配はない。
だから、チーバカにもう負けはない。
職人の答えを懐中に入れて、いざクレーム処理へ!

続く

クレーム処理(『お宅の職人はどうなってんの!』)パ~トⅡ  

『フン!地元のちっぽけないい加減工務店の監督さん。「職人に関しては信頼しております」って言ってたけど、これを見てどう釈明するか楽しみだわ。覚悟しておきなさい…』
チーバカを招き入れる奥さんの態度は、まさしくそう語っていた。

家に入るなり、
「これを見てちょうだい。これが職人の仕事?子供の工作でももっとましよ。」

巾木(はばき)というものがある。
壁と床を見切るための化粧材である。
リフォームで壁紙を貼りかえる場合、常に問題なるのが巾木。
壁紙は最悪違う種類でも、出隅や入り隅で貼り分けることが可能である。
しかし、巾木は違う種類ではそうはいかない。(参照

奥さんが指した箇所がそれであった。
合うはずもない種類の違う巾木を、なんとか合わせようと、格闘した跡…
参照記事にある巾木以上に複雑な形状の巾木、
いきおい、合わせ目はゴチャゴチャにる。
まさに「子供の工作」であった。

しかしチーバカ、全くあわてない。
チーバカが来た目的は、結果としての職人の仕事を擁護することではない、
『職人がいい加減』でないことを確認し説明するために来たからである。

だから、
「そうですね」と言って、相手が本題に入るのを待つ。
『職人がいい加減』ではないことを説明するのはここではないから。
今説明すると、会話にならなくなってしまう(注:会話がキャッチボールであるならば、投げられていない球を返しても納得されない。今球を返すと「結果としての仕事の擁護」と受け取られてしまうから)。

「『そうですね』って!お宅の職人は素人でもわかるようないい加減な仕事をするのっ?こんなのは見ればわかるけど、見えないところでどんな仕事をしているのかわかったもんじゃない!」
それ!それ!それが聞きたかった。
『見えないところで…』
お客さんの心の中にある一番の心配事、そしてこのクレームの本質。
それが『見えないところ』にあるのである。

「申し訳ありません。見た目はおしゃる通り、とても商品として通用するものじゃありません。でも『いい加減な仕事』ということに関しては、私は逆な考えをしています。」
「・・・?」
相手の疑問に答えるように、参照記事にある巾木の説明をし、
「いい加減な大工であれば、違う形であろうがどうしようが、形だけくっつけて終わりにするところだと思うのですが、この大工さんは、何とか合わせようと苦労して削ったんだと思うのです。もちろん、結果はこの通り『子供の工作以下』になってしまったのですが。」
「・・・」
「ですから『いい加減な仕事』か?と言われれば、私は逆だと思うのです。ただ、これは工務店としてはあまりにお粗末な仕事なので、宜しければやり替えさせていただければと思うのですが?」
「やり替えるってどうするの?」
「巾木が続いているところを全て外して、別の巾木に取り替えます。」
「わかったわ、じゃあ次を見て。」

二階の塗装部分と畳…
いづれも、前日業者と話した予想通りのものであった。
説明が終わる頃には、奥さんの厳しい口調は全くなくなっていた。

リビングに続くダイニングに招かれ、コーヒーが出された。
実務的な話しに…
と思ったら、
「今からまたバタバタと仕事をされるのは嫌」なので一切このままでいい、とのこと。
そしてチーバカが呼ばれたのは、
「お宅の社長と話しても、『やり替えさせます』とか『金額を引きます』とかばかりで、こっちの質問に何も答えてくれないので、不動産屋さんに『話すんなら、イライラするから別の人間にして』とお願いしたの」ということであった。

「あなた、なんでこんな工務店にいるの?」
ブハハハハ!この言葉で、チーバカのクレーム処理がパーフェクトであったことが証明されたのであった。
それは取りも直さず、チーバカの直感が正しかったことであり、
その直感とは、お客さんの『職人に代表される工務店への不信』、そのコストとしての『不安』であった。
『不信』を取り除いたことでお客さんの『不安』が解消されのである。

「正義」の話しをしよう 1/3  

地震が起きた。

内部は
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外は
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そして屋根
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工務店から、ヘルプの依頼が来る。
屋根の被害が多く、工務店の社員だけでは手に負えない状況であった。
その旨をお客さんに話し、屋根の応急処置の手伝いに。

その際のお客さんの言葉。
「うちはいつでもいいんだから、どうぞ遠慮なく(現場を)空けて下さい。そんなことより、怪我をしないように気をつけて下さいね。」

地震が起きようが起きまいが、そう言ってくれたとは思う。
しかしその言葉は、チーバカには、今のすべての日本人の言葉のように思われた。

「正義」の話しをしよう 2/3  

工務店の応援のあと、チーバカへの直接の依頼。
しかし、ガソリンが無い。
市内で唯一、毎日給油しているガソリンスタンドがあるが、長時間並ばねばならない。
『しゃ~ね~な…』

仕事を早めに切り上げ、3Kmの行列に並ぶ。
数日前に並んだ嫁の話では、4時間もかかったという。
それは、三方向からの行列と割り込みによるものであった。

チーバカが並んだときは、混雑緩和のため、一方向からに規制されていたため、
行列は比較的スムーズに流れており、割り込みも無いようであった。

スタンドに近づいた頃、前の方で割り込み車があったようであったが、
多分、流れがスムーズなため、敢えて割り込みによるトラブルは起きていないようだ。
しかし、チーバカの前で割り込み車があったらどうするか…?
行列の中、考える時間はたっぷりあった。

地震とそれに伴う津波の被害を知り、
被災者に対する日本人、いや世界の人々の思いを知った今、
チーバカの人間への信頼は揺ぎない確信へと高まっていた。


帰りに寄った金物屋さんとの会話…
チ:「いやァ、ガソリンが無くなっちゃって、今日並んじゃいましたよ。」
金:「時間かかったでしょ?」
チ:「でも、思ってたほどじゃなかったですよ。2時間くらいでしたね。多分入り口を一方向に規制したんで流れがスムーズになったんでしょうね。」
金:「ああ、それくらいなら並ぼうかなァ」
チ:「あと、割り込みも無くなったし。前の方で一台あったくらいかな?」
金:「何?割り込みした奴がいたの?」
チ:「ええ、多分反対車線から入ってたみたいですよ」
金:「それでどうしたの?」
チ:「ま、スムーズに流れてたから、みんな放って置いたじゃない?」
金:「ダメだよ放っといちゃ!そんな野郎は皆で追い出さなきゃ。俺なら『ダメだ!出ろコノヤロウ!』って絶対追い出すョ。」

チーバカ、とても情けない気がした。
この金物屋さんは震災から何を学んだのだろうか?
被災者のために何かしなければと思ったであろう彼。
それは自分を被災者の立場に置いて思いめぐらしたであろう気持ちであったはずである。
それが、割り込み者に対しては相手への共感は一顧だにせず、正義を振りかざす…


チーバカの前で割り込み車があったらどうするか…?
『考える時間はたっぷりあった』行列の中、考えていたチーバカの対応は、
「色々な事情で、早く給油したい気持ちはわかります。でも他の人も多分夫々の事情で並んでいるんだと思います。それを考えてみてはどうですか?それでももし『どうしても!』というのであれば、事情を話してくれれば、場合によっては私の順番をお譲りします」
ウヒャ~~!チーバカ神様のようである。
しかし、それが受け入れらない場合…
いや、チーバカにはそれが受け入れられるという確信があった。
なぜなら、ただでさえ日本人が強く持っている共感能力が、震災で最高レベルまで高まっているのだから。




「正義」の話しをしよう 3/3  

さて、ガソリンが満タンになり、土嚢袋も入手した。

依頼を受けた現場は、家族の方がシートをかけた屋根。
しかし、急場のため、シートをテープでとめ、ロープで押さえてあるだけ。
ここのところの強風でバタバタあおられている。

で、土嚢袋に砂を入れ、重しとして載せる
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しかし、シートを取り除くと、こちらは何の問題もなさそう
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結局、用意した土嚢袋が数袋余った。



屋根から見える、はす向かいの家の屋根でもブルシートが風に煽られていた。

依頼主である奥さんに、土嚢が余ったことを説明し、
処分するのももったいないし、手間なので、
もしはす向かいの家の方に話してもらえれば、
ついでだから余った土嚢を乗せるむね伝える。

奥さんは小走りにはす向かいの家へ出向き、話しをしてくれる。
そう、小走りに…

チーバカ、仕事にかかったとき「午前中くらいを予定してます」と伝えてあった。
実は、翌日の仕事のための加工を午後に予定していた。
しかし、もう昼に近い。
その気持ちが言葉の端々に出ていたのかもしれない。

気がせくチーバカと、風に煽られているはす向かいのブルーシート。
それが『小走り』という形に…

いいなァ、日本人…

人を信じる  

マイケル・サンデル-究極の選択
1/8日本人が示した勇気と美徳
2/8個人主義vs共同体意識
3/8個人主義vs共同体意識
4/8危険な任務は誰が担うべきか
5/8原子力発電のジレンマ
6/8支援の輪は世界を変えるか
7/8わたしたちはグローバルな共感を持てるか
8/8まとめ?

惜しい、実に惜しい!サンデル教授

脱原発策(参ったかコノヤロー)  

スリーマイル・チェルノブイリ・フクシマ
先端技術において実績のある各国で解決しえない事故が起きた。
フランスで起こるであろう大事故を待つまでもなく、脱原発は誰が考えても当然のことと思われる。
にもかかわらず、原発を続けようと考える人たちがいる。
彼らは経済的利害に支配されている。
大きく分類すると、原子力関連事業者(官僚を含む)・政治経済関係者・自治体である。
原子力関連事業者を除く人間に関しては、満足させる解決策があるので、以下に述べる。

【原発を止めると自治体の経済が成り立たなくなる】
廃炉費用は数百億。当面の仕事には困らない。
更に、使用済み燃料は原発のあるところに保管し、その施設の建設・維持管理をさせる。
但し、およそ100年後を目途に最終処理をするので、跡地を自治体が有効活用できるような施設とする。
ま、最終処理までに、自立できないようじゃどこかに合併してもらった方がいい。

【使用済み燃料をどうするか】
太陽に引き取ってもらう。
そのために宇宙技術にすべての力を入れる。
地上からのロケットの発射では100%の安全性は期待できないし、例え0.00…1%でも危険性があれば、その被害を考えるとやるべきではない。
で、宇宙エレベーターで大気圏外へ運び、そこから太陽に向け発射する。

ロケット技術は既に他国でもやっていることで、そこに力を入れても経済的メリットは少ない。
その点、宇宙エレベータは本気でやれば日本に分があるように思われる。
しかも完成すれば経済効果は高い。
使用済み燃料の廃棄も一手に引き受けられるわけで、価格は言い値、ウハウハなのである。

更に、原発輸出を目論むクズどもにも、「当社は使用済み燃料の処理まで含めて原発を建設できます」
といった強力無比な売り込みトークも提供できるのである。
チーバカとしては、国内の廃炉の実績をノウハウとして蓄積し、その技術を輸出するのが一番いいと思うが。



というわけで、原発推進派の「理屈」ではなく、「気持ち」は解消できるのではなかろうか?

領土問題 尖閣編  

人が住んでいない島を、「オレのだ」「いや、オレのだ」と言う。
ああ、醜い。

そこを境界線にすればいいんじゃない?
え?それじゃ「オレのだ」と言ったもんが得をする?
じゃ、海に沈めちゃえば?

いや、冗談じゃなく、それが賢い解決策だと思うのだが…
だって、「オレのだ」理論を突き詰めると、解決策は戦争しかなくなるから。

「冗談じゃない!喧嘩を売られて『はいスミマセン』と引っ込んでられっか!」
はい、はい、そうですね。
是非頑張って下さい。
そうして緊張を高めてもらった方が好都合。
一触即発状態までいかないと、この案は双方受け入れがたい。

仲介はアメリカに頼みましょうか?
ニッポンどーよ?仲介案受け入れないんなら勝手にやれば?
チューゴクどーよ?オレも相手にするってか?

実利にさとく合理的な思考の中国は受け入れ可能だと思われる。
かつて 鄧小平 氏が言った
『我々の、この世代の人間は知恵が足りません。この問題は話がまとまりません。次の世代は、きっと我々よりは賢くなるでしょう。そのときは必ずや、お互いに皆が受け入れられる良い方法を見つけることができるでしょう。』
機会があれば、日本の首脳者は周恩来と鄧小平の墓でも参っておいたがいい。

チームワーク  

「大工さんに職方を注意して欲しい」
工務店がチーバカに言う。
現場に常にいて、職方の仕事もある程度把握している大工に、
現場での職方の不注意をその場で指摘して欲しい。
そんな思いであるのかと思う。
しかし、他人の仕事など知ったこっちゃないチーバカ、「はいはい、わかりました」などと言うわけもない。
と言うか、一体全体職方の何を注意しろというのだろうか?

とある職人、
仕事を終え、建物の周りをきれいに掃除している。
ま、いつものことではあるが、その日は特に入念であった。
「なんだか今日はずいぶん入念ですねェ、よっぽど仕事が暇なんですか?」
冷やかし半分にチーバカ。

「いや、前の現場で怒られちゃってな」

前の現場で掃除が出来てないと怒られたそうである。
しかしその職人にも言い分はある…

「チーバカさんとこみたいに片付いてる現場なら、言われなくったって『片付けなきゃ』って思うけどよォ、
なんたってひっちゃかめっちゃかな現場で、使う材料だかゴミだかわからないものをよけて掃除しなきゃいけないし、片付けたって、ちっともきれいにならないんじゃ、やる気にもならない…」
で、適当に片付けたら怒られた、とのことであった。

なるほど…

チーバカ、彼を弁護したい。
実は彼、チーバカの現場では自分の出したゴミだけでなく、チーバカが出したゴミも当たり前のように片付けてくれているのである。
それは何もチーバカと仲がいいからではない。
チョットばかりのゴミならば「ついでに」片付けるくらい「当たり前」のように思っているからである。
少なくともチーバカの現場では。

チーバカ、とてもうるさく言うことがある。
「いつでもいいが、『業者がい入るか』は連絡して欲しい」
その業者が仕事がしやすい状況にしておくためである。
設備屋さんが入るなら、水廻りを仕上げ邪魔になるものは別のところに移動しておく。
電気屋さんが入るなら、脚立を自由に立てられるようものをまとめておく。
もちろんどの業者が入っても気持ちよく仕事ができるように掃除も…
チーバカにとってそれは、おそらく各職人に対しての敬意なのだと思う。

そして多くの職人はその「敬意」に応えてくれる。
大工というだけで、何の権限もないチーバカができることは、職人を信頼することだけなのである。
それがチーバカの考る、家を造るためのチームワーク。

え?突然「チームワーク」って?
いいの、いいの。
チーバカがこの工務店にきたときに、
仲良しこよしをチームワークと言って、好き嫌いで職人を差別していた監督を思い出したから。
もちろんチーバカ、その監督には大いに嫌われていた!ブハハハハ!





落とし物歓迎  

コンビニでタバコを買って店から出ようとすると、ATMのそばに財布が落ちていた。
「落ちてました」と、コンビニクルーのおばちゃんに財布を差し出す。
おばちゃん、「あら!」とこんもり膨らんだ財布を笑顔で受け取り、
「これどうぞ」と100円ライターをくれる。
「あ、どーも」とチーバカも笑顔でライターを受け取る。

落とし主がチーバカとコンビニのおばちゃんにちょっとした幸せを与えてくれた。

日本人は幸せになる方法を皆知っているようだ。

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