第二番目に私たちは、消費者として被告森永並びに被告国の責任を考えなければならないと思います。被告森永は言うまでもなくわが国屈指の乳製品メーカーであります。およそ食品というものは、有害なものであってはなりません。有害な食品というものはすでに食品ではないのであります。したがいまして、製品メーカーとしては製品に対する絶対的安全性の確保の義務こそが己の最高の義務であります。被告森永はまさにその義務に違反したのであります。しかも、より非難すべきはその義務違反の態様が自己の企業利潤を上げるためのみであり、安全性を犠牲にしたということであります。
そもそも、このミルクに添加されたという第二燐酸ソーダにしても、新しい牛乳であればそれを使う必要はなかった。現に森永は、今は使っておられないわけであります。私は過日徳島地方裁判所の刑事事件におきまして、森永の弁護人の弁論を聞きました。その時、森永の弁護人はこうおっしゃていました。
「私たちに過失はない。私たちは第二燐酸ソーダを協和産業に発注したのです。協和産業が間違えて第二燐酸ソーダと似て非なる日本軽金属から排出された産業廃棄物を納入したのです。なるほど、一般の主婦が八百屋において物を発注する時にはキャベツを発注しても白菜が入ることもあるでしょう。しかし森永とかいうような専門の業者の間においては、違うものが入るというようなことを考える必要はなかったのです」
このように弁論されるのです。
何十万というこの調整粉乳を製造する専門的メーカーの方が、つきつめれば一般の主婦よりもその注意義務が軽減されるとさえおっしゃるのです。
ここに被告森永の製品の安全性に対する基本的な考え方の誤りを私は見出しました。しかも現在なおその誤りを固守し続けられているわけであります。そして己の責任を、自分のところへ納入した協和産業、あるいはそのもう一つ手前の松野製薬などになすりつけまして、あるいは滑稽にも国にも己の責任をなすりつけておられるわけであります。
しかし、同じ日本軽金属から出た産業廃棄物で南西化学株式会社を経て、国鉄仙台鉄道管理局に納入されたものがございます。その際国鉄は、これを製罐用、すはわちボイラーを洗う製罐用としても、使うに際しましてはその品質を検査し、ヒ素を発見して返品しているのです。同じ物質を森永はなんの検査もなく、こともあろうに乳製品のしかも乳幼児の飲む調整粉乳の中にこれを混入させたのです。
被告森永の責任は極めて明らかであると言わねばならないと思うのであります。
しかも私たち消費者としてなお許せないことは、被告森永はこの物件を、このドライミルクをどのように宣伝して被害者たちにうりつけてきたかということです。
当時、森永はラジオあるいは新聞を通じて「身体の丈夫な頭の良い子を育てましょう。それには森永ドライミルクを飲みましょう」と言って宣伝しました。これほど親にとって甘いささやきはありません。誰でも自分の子供は賢くなってほしいのです。丈夫になってほしい。そのところにつけこんでまず宣伝したのです。
ここに、私が持っておる森永ドライミルク、これはまさに、昭和三〇年当時あなたたちの徳島工場で作られた問題のMF缶であります。
このMF缶にあなたたちは、なんと書かれたか。これによればあなたたちは「森永ドライミルクは、医師の指示に従って乳児用として作られた最も理想的な高級粉乳です。本品は純良牛乳、砂糖及び乳児に消化吸収しやすい滋養素を加え、その他乳児の発育に必要な各種ビタミン塩類を添加して衛生的に乾燥粉末したものであります」と印刷させています。
どこが本当に理想的な粉末乳であり、あるいは衛生的な設備でつくられたものだったのでしょうか。
己が自分の安全性義務の軽減の時には、先ほど申し述べたように軽く主張されながら、宣伝する時には、かような誇大な宣伝をされたのです。
しかも、私は、過日被害者の一人であり、原告の一人でもある方の自宅に訪問した時、その被害者の持っておる母子手帳を見ました。これは昭和三〇年当時の被害者の持っておった母子手帳なのです。この母子手帳のファイルにまであなたたちは、このカバーをつけまして、そのカバーに森永ドライミルクという文字をつけさせでおったわけです。
被害者は、買う時から、また子供を産む時からもらう母子手帳に、森永ドライミルクという表示をつけてもらっていたのです。
しかも、この被害者のいたところは日本海に面した加悦町という極めて辺鄙な場所であります。一日がかりで行かなければならないところなのです。そんな辺鄙な場所にすら、あなたたちは宣伝する時には、あらゆる方法を通じて宣伝しました。また、いわゆる地方公共団体とも癒着して宣伝したのです。他方、己の責任はかように曖昧に考えながら、宣伝の時には、かくまで徹底的な宣伝をしたのです。私は、このことを特に強調したいと思うのであります。
次に、被告国に対しまして、国家というものは国民の健康を維持し、その生命を保持しなければならないという義務があります。それはまた国家としての国民に対する基本的な義務であると考えるのであります。
しかるに、日本軽金属から出た産業廃棄物に対する回答を一年近くも遅らせたり、あるいは、食品衛生法の添加物の規制を自ら緩めたりしたこと、これはひとり行政上の怠慢というだけではなしに、企業の利益のために一般の消費者を犠牲にしたといっても過言ではないと思うのであります。
このように、本件事件はまさに消費者と企業あるいは国家という関係を裁く裁判であります。私はこの点を第二番目に強調したいと思うのであります。
続く
そもそも、このミルクに添加されたという第二燐酸ソーダにしても、新しい牛乳であればそれを使う必要はなかった。現に森永は、今は使っておられないわけであります。私は過日徳島地方裁判所の刑事事件におきまして、森永の弁護人の弁論を聞きました。その時、森永の弁護人はこうおっしゃていました。
「私たちに過失はない。私たちは第二燐酸ソーダを協和産業に発注したのです。協和産業が間違えて第二燐酸ソーダと似て非なる日本軽金属から排出された産業廃棄物を納入したのです。なるほど、一般の主婦が八百屋において物を発注する時にはキャベツを発注しても白菜が入ることもあるでしょう。しかし森永とかいうような専門の業者の間においては、違うものが入るというようなことを考える必要はなかったのです」
このように弁論されるのです。
何十万というこの調整粉乳を製造する専門的メーカーの方が、つきつめれば一般の主婦よりもその注意義務が軽減されるとさえおっしゃるのです。
ここに被告森永の製品の安全性に対する基本的な考え方の誤りを私は見出しました。しかも現在なおその誤りを固守し続けられているわけであります。そして己の責任を、自分のところへ納入した協和産業、あるいはそのもう一つ手前の松野製薬などになすりつけまして、あるいは滑稽にも国にも己の責任をなすりつけておられるわけであります。
しかし、同じ日本軽金属から出た産業廃棄物で南西化学株式会社を経て、国鉄仙台鉄道管理局に納入されたものがございます。その際国鉄は、これを製罐用、すはわちボイラーを洗う製罐用としても、使うに際しましてはその品質を検査し、ヒ素を発見して返品しているのです。同じ物質を森永はなんの検査もなく、こともあろうに乳製品のしかも乳幼児の飲む調整粉乳の中にこれを混入させたのです。
被告森永の責任は極めて明らかであると言わねばならないと思うのであります。
しかも私たち消費者としてなお許せないことは、被告森永はこの物件を、このドライミルクをどのように宣伝して被害者たちにうりつけてきたかということです。
当時、森永はラジオあるいは新聞を通じて「身体の丈夫な頭の良い子を育てましょう。それには森永ドライミルクを飲みましょう」と言って宣伝しました。これほど親にとって甘いささやきはありません。誰でも自分の子供は賢くなってほしいのです。丈夫になってほしい。そのところにつけこんでまず宣伝したのです。
ここに、私が持っておる森永ドライミルク、これはまさに、昭和三〇年当時あなたたちの徳島工場で作られた問題のMF缶であります。
このMF缶にあなたたちは、なんと書かれたか。これによればあなたたちは「森永ドライミルクは、医師の指示に従って乳児用として作られた最も理想的な高級粉乳です。本品は純良牛乳、砂糖及び乳児に消化吸収しやすい滋養素を加え、その他乳児の発育に必要な各種ビタミン塩類を添加して衛生的に乾燥粉末したものであります」と印刷させています。
どこが本当に理想的な粉末乳であり、あるいは衛生的な設備でつくられたものだったのでしょうか。
己が自分の安全性義務の軽減の時には、先ほど申し述べたように軽く主張されながら、宣伝する時には、かような誇大な宣伝をされたのです。
しかも、私は、過日被害者の一人であり、原告の一人でもある方の自宅に訪問した時、その被害者の持っておる母子手帳を見ました。これは昭和三〇年当時の被害者の持っておった母子手帳なのです。この母子手帳のファイルにまであなたたちは、このカバーをつけまして、そのカバーに森永ドライミルクという文字をつけさせでおったわけです。
被害者は、買う時から、また子供を産む時からもらう母子手帳に、森永ドライミルクという表示をつけてもらっていたのです。
しかも、この被害者のいたところは日本海に面した加悦町という極めて辺鄙な場所であります。一日がかりで行かなければならないところなのです。そんな辺鄙な場所にすら、あなたたちは宣伝する時には、あらゆる方法を通じて宣伝しました。また、いわゆる地方公共団体とも癒着して宣伝したのです。他方、己の責任はかように曖昧に考えながら、宣伝の時には、かくまで徹底的な宣伝をしたのです。私は、このことを特に強調したいと思うのであります。
次に、被告国に対しまして、国家というものは国民の健康を維持し、その生命を保持しなければならないという義務があります。それはまた国家としての国民に対する基本的な義務であると考えるのであります。
しかるに、日本軽金属から出た産業廃棄物に対する回答を一年近くも遅らせたり、あるいは、食品衛生法の添加物の規制を自ら緩めたりしたこと、これはひとり行政上の怠慢というだけではなしに、企業の利益のために一般の消費者を犠牲にしたといっても過言ではないと思うのであります。
このように、本件事件はまさに消費者と企業あるいは国家という関係を裁く裁判であります。私はこの点を第二番目に強調したいと思うのであります。
続く













