自満ブログ

自己満足のブログ、略して自満ブログ。 どうやら自満のために生きている筆者のブログ

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変える?変わる? Ⅲ  

仕事の依頼が思わしくなくなる。

そんなとき、知人への義理立てで
母はとある宗教の集会に何度か足を通わせた。

元々母は宗教に頼るような人間ではない。
祖母の信仰心は、祖父を変えて暮らしを楽にしてくれはしなかった。
自らを救うのは自らの努力でしかない。
他人をあてにすべきではない。
まして神様など…。
それが幼い頃から母が培ってきた、信念といってもいいものであったように思われる。

のちに母は述懐する。
その集会では「あなたが変わらなければならない」と言われたという。
それが母に向けて言われた言葉か、参加者全員に向けて言われた言葉かはわからないが、
『冗談じゃない。
仕事が無いのに、営業もしない。
気に入った施主には、価値もわからない相手に高価な床柱をポンとあげてしまう。
気に入らない施主には無愛想。etc、etc…
変わらなければならないのは夫の方』と思っていたと。

もちろん、あからさまに夫を非難することはなかった。
仕事が忙しくないにもかかわらず、片親として知恵の発達に問題のある子を抱える大工を雇用しても、
『それは自分の事業を順調にやっている雇用主にして初めてやれること』とは言わなかった。
母から聞いたわけではないが、チーバカそんな母の気持ちの数々を感じていた。

当然父もそんな母の気持ちを察していたではあろう。
しかし、父は自分の気持ちを母に打ち明けることはなかった。
ただでさえ口数の少ない父、自分の善意など他人に話せるわけがない…

善意…
言葉がみつからないのでそう書いてみたが、
父にとっては必ずしもそうではないと思う。
例えば上に挙げた例、すなはち、「片親として知恵の発達に問題のある子を抱える大工を雇用」したとき、
父が彼に同情して善意からそうしたのか?
否である。

そこそこ腕はある。
ハンディのある子、しかも片親・・・。
普通の大工以上の苦労をしている。
そんな彼に仕事がない。
それはおかしい、逆である。
そんな人間にこそ仕事が与えられるべきである。

何に対してかはわからない、そんな怒りににも似た気持ちからではなかったろうか?
父そっくりと言われるチーバカはそう考える。
しかし「それはあなたの仕事か?」と問われると、「すまん…」と答えるしかない。
それが父の生き方であるのだが、妻の理解を得られるとは思えない。
本当は、言わずともわかって欲しいところ…。
でも妻にはそんな心のゆとりはない。
だから妻には話せない。



「善意」以外の言葉を探して記事がすすみませんでした。
ために、結局またしても「続く」ことになります。
でも、読者の気を惹くための
新たな考えが浮かびました。

ある意味、夫が妻の気持ちを察するがゆえに起きてしまった事件。
それが母が変わるきっかけであったとは、なんとも皮肉なことである…
続く。
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変える?変わる? Ⅱ  

祖父は博労(ばくろう)といって、牛馬の売買の仲介のような仕事を生業としていた。
しかし、義侠心に篤く、他人には大いに喜ばれていたようだが、
家族の苦労は大変であった。

戦争から帰った祖父は、そこで負った精神的苦悩からか、酒に溺れ、
家計は祖母の細腕では支えることができず、
長女である母が、弟妹の面倒をみながらも働かざるを得なかった。

自分なら我慢できる。
でも、幼い弟妹に辛い思いはさせたくない…
そんな思いから、人一倍働いた。

そんな母が
若くして独立し、棟梁として会社を立ち上げていた父の元に嫁いできたのである。

貧しかったわけではない。
むしろ世間よりは多少とも収入はあった。
三種の神器は早い時期に揃っていた。

しかし貧しさの中で育った母は、いつなんどきどんな事がおこるかもしれない。
そんな心配が常にあった。
動かす金額は大きいが、常に仕事があるという保証はない。
まして、住み込みも含めた若い衆達がいる。
彼らには、仕事が無くても生活費を払わなければならない…
「使う人間にはなるな、使われる人間になれ」
チーバカ、母から何度となく言われた言葉である。

子供に手が掛からなくなると、母は現場の手伝いをするようになった。
チーバカの幼い頃の微かな記憶にある唯一の夫婦喧嘩は、あるいはそのきっかけだったのかもしれない。
つまり、収入の安定を求める母の感情の発現、
有体に言うならば、「もっと家庭の将来のことを考えて!」
母には車もテレビも冷蔵庫も洗濯機も必要はない、貯蓄という安心が必要だったのである。
それは母が幼い頃からの体験に基づく切実な願いであった。
そう思う。
でなければ、仕事に厳格だった父が母の手伝いを簡単に認めるわけはない。

しかし、状況は母の思い通りにはいかなかった。
仕事は多少早くなっても、肝心の仕事が取れなかったのである。
根っからの職人である父の仕事の取り方は、『いい仕事をする』
それでしかあり得なかったのである。
・・・
現場は早く終っても、仕事の量つまり収入は変わらない。
借地から、自分の土地に建てた家に引っ越すときも、
母に嬉しそうな表情はなかった。
『家よりも貯蓄』そう言っているかのような表情であった。
小学生のチーバカ、
新しい家に引っ越すことを楽しみにしている自分に、罪悪感を感じていた…。

そんな母が劇的に変わる事件が起こる。
それは、まるで誰かが仕組んだかのような事件であった。

へっへっへ。またしても思わせぶりに、続く。

変える?変わる?  

「貰って欲しい」
「わかりました。いただきます。」
物のやり取りではない。

こうして母が父の元へやってきた。

しかし、その会話には背景がある。

母は子供の頃、下半身に大ヤケドを負い、生死の境をさ迷った。
賢く働き者ではあったが、
その身体的ハンディーは致命的であったのである。
祖父は娘を託すに足る男をみつけのであった。

父はハンディーにひるむこともなく母を受け入れ、
結婚の後も、一度として浮気することもなかった。
そして、そのことを恩に着せるような様子は一切見せなかった。
祖父の見込んだ男であったのだ。

それがなぜ…?

思わせぶりに、続く。へっへっへ。

近況報告  

毎日新聞のこの記事を読んでから考えている・・・

家を一棟建てるには、最低でも10種類以上の職種がかかわってくる。

工務店ではない単なる一大工のチーバカが「家を建てたい」と思えば、
実は簡単に家は建てられる。

『500万以上の請負工事』には免許が必要だが、
な~に簡単。
分離発注にすればいい。
つまり、施主がそれぞれの職人と直接契約するかたちを取ればいいだけである。
あとは大工が懇意の職人に声をかければ、家は建つ。

しかしこれは、地元でのこと。
現場が遠くになると、話は全く変わってくる。

どこの馬の骨ともわからない大工の仕事をするほど甘い職人はいない。
いや、信頼できそうな工務店の仕事すら、初めての仕事では用心深くなるのが普通の職人である。
ちなみに、引っかかったことをあからさまに言うのは恥ずかしいのか、
余裕をみせて「風邪をひく」などと言ったりもする。

チーバカ、当地に来て金物屋さんと取引を始めたとき、
最初の取引は現金であった。
金物屋さんが、自分で建てたチーバカの自宅を見て初めて掛売りを了承したのであった。

実績。
それが職人の世界では重要な要素なのである。
見知らぬ土地でいい職人を集めるのは簡単ではない。

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