自満ブログ

自己満足のブログ、略して自満ブログ。 どうやら自満のために生きている筆者のブログ

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クレーム処理(隣家トラブル) Ⅱ  

前回の続き

タイヤの跡は簡単に埋められる。
しかし、心の溝はどうやって埋めればいいか・・・

『なるほど。凹みは決して大きくはないが、工事さえなければこんな跡はつかなかっただろうし、だいたい他人の土地を通っておいて挨拶もなしというのは気に入らない。放っておいたらどんどんエスカレートして、駐車している車にキズを付けられないとも限らない。ここははっきり言っておかねば。』
これが「タイヤの跡」であり、それは深い溝なのである。


このことに気付かずに対応することも可能である。
とにかく相手が気が済むまで文句を言わせ、ひたすら謝る。

自分がクレームの原因でない場合は、
相手が冷静になれば、怒りの矛先が適切ではなかったことに気付く。
おそらくは『あなたに言っても仕方がないことだが…』と。

しかしチーバカ、そんなに忍耐強くは出来ていない。
だいいち、今は本業の仕事の途中なのである。
いつまで続くかわからない相手の怒りに付き合っている暇はない。
持っている営業用のスコップで溝を埋める作業にとりかかる。

「ここはうちの土地なんですからね!」
『そんなの知らないもんね!』
オッといけない。営業用の辞書変換で…「ああ、そうでしたか、」
もちろんこんなすっ呆けた言葉を単独で使ってはいけない。
次の言葉の枕詞なのである。
「運転手も多分気付かなかったんだと思いますが、申し訳ありませんでした。」

運転手の気持ちを代弁する形でわびる。
実際に運転手がどんな人間であるかは相手は知らない。
しかし、チーバカが運転手を洞察してみせることで、運転手への印象はチーバカとオーバーラップすることになる。
少なくとも『うっせ~ババァ!ババァもトラックで轢いたろか!?』と言うような運転手だとは思わない。
したがって今は腹立たしくても、タイヤの溝が埋まれば、運転手の存在も記憶から消えてしまう。

時々、自分を信頼させるために他人を悪者にしたがる人間をみかけるが、実はそれは逆効果。
その場はやり過ごせても、最終的には言った本人が信頼を失うことになる。
少し考えると、責任を回避するタイプの人間であることがわかってしまうからである。
そして、その「もう仕返しもできない」悪者の記憶が、一層の腹立たしさをかき立てる。
ま、実際に責任がないのだから、そう言いたい気持ちはわからなくはないが…
しかし、相手は『工事関係者』として一くくりに考えている。
江戸の敵を長崎で…ということも。

よっしゃ、これで運転手(過去の事)は済んだ。
次!

ああ、でも一つためになることを書いたので、今日はこの辺で・・・

続く
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クレーム処理(隣家トラブル)  

狭い路地の突き当たりがリフォーム現場。
路地の半分が前の家の駐車スペースになっているため、
大きな車は通るのがやっと。
大型車が、現場に駐車するために敷地ぎりぎりで曲がる。
そのときに、駐車してあった前の車のすぐ後ろを通過した。
何事も無く、大型車は荷物を降ろして帰っていった。

しばらくして、前の家の主婦が大騒ぎをしている。

チーバカに向かって何かを言っているようである。
面倒臭いが、聞いてあげることにする。

「ここはうちの土地なんですからね!」
「?」
どうやら、大型車がそこを通って、タイヤの跡をつけたのが気に入らないらしい。
舗装もしていない、ただの土なので、大型車のタイヤの跡が少~し凹んでいる。
「こんなに凹んで!直して下さいヨッ!」
憤懣やるかたない様子である。

もちろんチーバカがやったことではないし、工事の責任者でもない。
下手なことを言わずに、「工務店に言って下さい」と言ってもいいのだが、
また、そう言わせるような、切り口上なのであるが、
それも面倒くさいので、
責任者に
代わって対応することにする。

そうと決まると、チーバカ営業モードになる。
『ちょいとタイヤの跡がついたくらいで、大騒ぎするほどのことでもないだろうが?』
などという第三者的な考えはすっかり消えている。
相手の目でタイヤの跡を見る。
『なるほど。凹みは決して大きくはないが、工事さえなければこんな跡はつかなかっただろうし、だいたい他人の土地を通っておいて挨拶もなしというのは気に入らない。放っておいたらどんどんエスカレートして、駐車している車にキズを付けられないとも限らない。ここははっきり言っておかねば。』
これが「タイヤの跡」であり、それは深い溝なのである。

で、これが解れば、あとは比較的簡単。
先ずは、タイヤの跡。
これをクレームの本質と考えると、対応を間違える。
タイヤの跡は直っても「うるさい近隣住民」であり続けるのである。

に、しても、これは相手にとっては重要な(と本人は思っている)ことなので、
適切に対応しなければならない。
土を入れて埋めるだけなのだが。

本当は直ぐにチリトリで土を運んでもいいくらいなのだが、
それでは「火に油」になってしまうので、
「スコップは持って来ていないので、用意してから埋めさせていただきます。」
「工事が終わるまででいいわ」との言葉をもらう。

ムフフ、ラッキー!
時間的余裕ができたということではない。
自分を信頼させるチャンスができたのである。

どういうことか?
後の話になるが、
その日の仕事の帰り、家の中にいる相手を呼び出して、
「タイヤの跡の補修なんですが、明日は来られないので、明後日道具を用意してやらせていただきます」と伝える。
「いつでもいいわよ」
そっけない対応であったが、明後日にはチーバカを「オッ?こいつは中々信用できるぞ」リストに入れることになるはずである。ムフフフフ…

さて話しは殺気立った主婦との会話に戻る。
・・・でも疲れちゃったので、・・・


続く

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