自満ブログ

自己満足のブログ、略して自満ブログ。 どうやら自満のために生きている筆者のブログ

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「正義」の話しをしよう 2/3  

工務店の応援のあと、チーバカへの直接の依頼。
しかし、ガソリンが無い。
市内で唯一、毎日給油しているガソリンスタンドがあるが、長時間並ばねばならない。
『しゃ~ね~な…』

仕事を早めに切り上げ、3Kmの行列に並ぶ。
数日前に並んだ嫁の話では、4時間もかかったという。
それは、三方向からの行列と割り込みによるものであった。

チーバカが並んだときは、混雑緩和のため、一方向からに規制されていたため、
行列は比較的スムーズに流れており、割り込みも無いようであった。

スタンドに近づいた頃、前の方で割り込み車があったようであったが、
多分、流れがスムーズなため、敢えて割り込みによるトラブルは起きていないようだ。
しかし、チーバカの前で割り込み車があったらどうするか…?
行列の中、考える時間はたっぷりあった。

地震とそれに伴う津波の被害を知り、
被災者に対する日本人、いや世界の人々の思いを知った今、
チーバカの人間への信頼は揺ぎない確信へと高まっていた。


帰りに寄った金物屋さんとの会話…
チ:「いやァ、ガソリンが無くなっちゃって、今日並んじゃいましたよ。」
金:「時間かかったでしょ?」
チ:「でも、思ってたほどじゃなかったですよ。2時間くらいでしたね。多分入り口を一方向に規制したんで流れがスムーズになったんでしょうね。」
金:「ああ、それくらいなら並ぼうかなァ」
チ:「あと、割り込みも無くなったし。前の方で一台あったくらいかな?」
金:「何?割り込みした奴がいたの?」
チ:「ええ、多分反対車線から入ってたみたいですよ」
金:「それでどうしたの?」
チ:「ま、スムーズに流れてたから、みんな放って置いたじゃない?」
金:「ダメだよ放っといちゃ!そんな野郎は皆で追い出さなきゃ。俺なら『ダメだ!出ろコノヤロウ!』って絶対追い出すョ。」

チーバカ、とても情けない気がした。
この金物屋さんは震災から何を学んだのだろうか?
被災者のために何かしなければと思ったであろう彼。
それは自分を被災者の立場に置いて思いめぐらしたであろう気持ちであったはずである。
それが、割り込み者に対しては相手への共感は一顧だにせず、正義を振りかざす…


チーバカの前で割り込み車があったらどうするか…?
『考える時間はたっぷりあった』行列の中、考えていたチーバカの対応は、
「色々な事情で、早く給油したい気持ちはわかります。でも他の人も多分夫々の事情で並んでいるんだと思います。それを考えてみてはどうですか?それでももし『どうしても!』というのであれば、事情を話してくれれば、場合によっては私の順番をお譲りします」
ウヒャ~~!チーバカ神様のようである。
しかし、それが受け入れらない場合…
いや、チーバカにはそれが受け入れられるという確信があった。
なぜなら、ただでさえ日本人が強く持っている共感能力が、震災で最高レベルまで高まっているのだから。




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「正義」の話しをしよう 1/3  

地震が起きた。

内部は
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外は
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そして屋根
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工務店から、ヘルプの依頼が来る。
屋根の被害が多く、工務店の社員だけでは手に負えない状況であった。
その旨をお客さんに話し、屋根の応急処置の手伝いに。

その際のお客さんの言葉。
「うちはいつでもいいんだから、どうぞ遠慮なく(現場を)空けて下さい。そんなことより、怪我をしないように気をつけて下さいね。」

地震が起きようが起きまいが、そう言ってくれたとは思う。
しかしその言葉は、チーバカには、今のすべての日本人の言葉のように思われた。

『変える』  

対人関係で悩み、『自分が変わらなくては』と思っている、そこのアナタ。
その必要はありません。
『自分が変わらなくては』と思った時点で、問題はアナタではなく、相手にあるのです。
だから、相手に変わってもらいましょう。

え?そんなの無理?
いえ、いえ、アナタが本気で望めばそれは可能なのです。

チーバカ、心理カウンセラーではないので、アナタの話しは聞きません。
ただ、ただ、自分の話をするだけです。

先ずは、難度ウルトラCから…



チーバカ、親方に弟子入りして3ヶ月。
親方から嫌がらせをうけることになった。

原因はほぼわかっている。
親方の、奥さんへのグチを聞いてあげなかったからである。
初めのうちは適当に相鎚を打っていたのだが、
あまりにしつこいので、相鎚もうたなくなった。
以来、親方の風当たりが変わった…。

あるとき、「オマエは仕事を自分の頭で考えてしないのか?」親方が問う。

全く新たな仕事を始めたばかり、『自分で考える』などおこがましい。
先ずは親方の指示通りにやってみる。
『自分の頭で考える』のはその作業の意味が十分にわかってから。
チーバカはそう考えていた。
だから、

「はい」と答えた。

あまりもはっきりした答えだったので、会話はそこで終わった。
会話が続いていれば、チーバカの考えを説明したであろうが、
そこで会話が終わったために、おそらく親方は『こいつはダメだ。初めから自分で考えることを放棄して、一から十まで教わろうという頭の悪い奴』と思ったことであろう。

そして、それから親方のチーバカへの嫌がらせが本格化する。
仕事の甘さへの叱責は勿論、
わざとまぎらわしい指示を出し、確認しようとするチーバカを叱責する。
仕事に文句が言えなければ「そんなことにいつまでかかってる」と遅さを指摘…。

実のところ、これは昔の徒弟制度のやりかたであり、
その意味では『親方の嫌がらせ』には当たらないと言えるのでもあるが、
「オレのとこに来るか?」と言われて弟子になったという経緯からすると、
「この子を置いてやって下さい」と預けられた徒弟制度とは区別されるべきである。
それはまさしく嫌がらせであった。

何のための嫌がらせか?
『辞めさせる』ためである。
『クビ』ではなく、『辞めたい』と言わせるため。
何が違うか?

「使えないからクビにした」では、自分の能力の無さを周囲に公言することになる。
しかし、「ちょっと厳しくしたら、音を上げて辞めた」であれば、
『今時の若いもんは…』と同情すらされることが予想される。
それが目的である。



『自分を変えよう』と考える人も、
このようにチーバカと同じような分析をしているはずである。
しかしアナタはそれを『自己弁護』として退けてはいないだろうか?

だが、それは決して『自己弁護』ではない。
そんな分析ができるのは、アナタの中に分析される自分が存在するから…
つまり、チーバカの中に『チーバカが分析した親方』と同じ考えが存在するからであり、
『自分が考えることは他人も考える=自分だけが特別の存在ではない』の法則からすると、
チーバカの分析は、親方に適用してよいのである。
ああ、わかりづらい…


わかりやすくするために、この分析が正しいか確認してみよう!


親方の嫌がらせに耐え、取り合えず一通りの仕事の流れは覚えた。
ではそろそろ、チーバカの本領の発揮することにする。
親方が望んでいるのは『音を上げて辞める』ことであり、『使えないからクビにする』ことではない。
それを利用する。

理不尽な叱責を受けた日の仕事が終わったあと…
チ:神妙な顔をして「お話しがあるのですが。」
親:「なんだ?」おう!ようやくきたか!
チ:「私は仕事も遅くて、覚えも悪くて、一所懸命やってるつもりでも親方には迷惑をおかけしてると思うんです。もし足手まといであれば、どうぞ遠慮なくクビにして下さい」ウヒヒヒヒ、さあどう出る?
親:「…」野郎、政治を仕掛けて来やがった!こいつ馬鹿じゃねェ…「そうか、今日はオレも怒り過ぎた。」

親方は『今日のこと』に限定するのが精一杯であった。
翌日から嫌がらせはピッタリ収まった。


サラリーマンのときもそうだったが、上司や親方を『変える』には、
やっぱ、腹をくくらないと難しいかもしれない。

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